自己肯定感を育てるって、何をすることだろう。

自分らしさを守る

この記事でわかること

・「育てる」まで、新しい目標にすると
・「できたこと」を探して、疲れる日もある
・昨日の自分と比べても、しんどいとき
・自分への言葉が出てこないなら、暮らしのほうを見る

「今日できたことを、三つ書いてみましょう」そんな言葉を読んで、寝る前にノートを開く。ひとつは書けたけれど、その先が出てこない。歯を磨いた。仕事へ行った。でも、これを「できたこと」に数えていいのだろうか。

少し考えて、ペンを置く。自分に自信をつけたくて始めたはずなのに、最後には「こんなことも書けないのか」と思っている。ぼくは、この小さなすれ違いが気になっています。自分との関係をよくするための習慣が、いつの間にか、自分を評価するための宿題に変わっている。

自己肯定感を育てるというのは、何をすることなのでしょう。毎日、自分を褒めること。昨日より前向きになること。それとも、もう少し別の関わり方があるのでしょうか。

「昔からこうだから」で、話を終えてしまう

自分のことになると、ずいぶん早く結論を出してしまうことがあります。人前では緊張する。褒められても、素直に受け取れない。失敗したことを、何日も引きずる。「昔からこういう性格だから」と言うと、説明がついたような気がします。

これまでの経験が、今の感じ方に関わっていることはあるでしょう。ただ、その経験をどう受け止めているかも、置かれている環境も、ずっと同じではありません。今の反応だけで、これからの自分との関係まで決まるのだろうか。ぼくは、そこに少し疑問が残ります。

いつからこうなったのかを考える日もあれば、今日は何に疲れたのかが気になる日もある。過去を知ることと、今日の自分を見つめること。その両方があっても、話は矛盾しないように思います。

「育てる」まで、新しい目標にすると

「自己肯定感を高める」より、「育てる」のほうが、少し穏やかに聞こえます。でも、言葉を変えただけで、向き合い方まで変わるわけではないのでしょう。

毎日、自分にやさしい言葉をかける。できたことを記録する。人と比べないようにする。どれも役に立つ場面はありそうです。けれど、疲れて帰った夜には、その三つが全部できないこともある。そして、「自分を大切にすることさえ続かない」と、また考え始めてしまう。

育てるという言葉にも、知らないうちに進捗表をつけている。そう気づくと、少しおかしな気もします。自分との関係を見直すために、もうひとつ管理するものを増やしているのですから。

ぼくが考えてみたいのは、毎日の実践項目よりも、そのとき自分に何が起きていたのか、ということです。

「できたこと」を探して、疲れる日もある

小さな「できた」を書き残すことが、うれしい日もあります。後回しにしていた連絡を返した。散歩に出た。夕飯を作った。並べてみると、思っていたよりいろいろなことをしていた、と感じるかもしれません。

一方で、何かを探して褒めることが、しっくりこない夜もあります。「ご飯を食べた」と書いても、頭のどこかで「そんなの当たり前だ」と返してしまう。自分で書いて、自分で取り消している。これでは、ノートの上でも気が休まりません。

そんなとき、無理に評価を付け加えず、出来事のまま残す書き方も考えられます。「昼ごはんを食べたのは、三時だった」その一文からは、達成したことより、その日の慌ただしさが見えてくることもあるでしょう。

自分を褒められたかどうかとは別に、今日を少し詳しく知る。その違いに、ぼくは関心があります。

昨日の自分と比べても、しんどいとき

他人と比べる代わりに、昨日の自分と比べよう。そんな言葉も、よく見かけます。ただ、昨日の自分が思いのほか元気だった場合は、どうなのでしょう。

昨日は早く起きられた。仕事も進んだ。帰宅してから本を読む余裕もあった。今日は寝不足で、同じことに倍の時間がかかった。比べる相手を自分に変えても、「後退した」という結論になることがあります。

同じ自分でも、毎日の条件は少しずつ違います。眠れた時間。仕事の量。気にかかっていること。予定外の連絡。その違いを省いて、できたことの数だけを並べると、見えなくなるものもありそうです。

昨日よりよくなったか、という問いの代わりに、昨日と今日は何が違ったのか。そう眺めると、比較が採点とは少し違うものになるかもしれません。

自分への言葉が出てこないなら、暮らしのほうを見る

「自分にやさしくしよう」と言われても、具体的に何をすればいいのか、困ることがあります。気の利いた励ましの言葉は浮かばないし、急に自分を好きになれるわけでもない。

そんなときは、頭の中の言葉より、暮らしの中に目を向けるほうが、考えやすいこともありそうです。夕食の時間がずれていた。休憩のつもりでスマホを見ていたら、かえって疲れた。引き受けた予定が重なって、ひとりになる時間がなかった。

それなら、今夜の予定を一つ減らす。返信する時間を決める。気がかりなことを、誰かに相談する。実際に何を変えられるかは、人によって違います。自分の都合だけでは動かせないこともあるでしょう。

ただ、「自分の考え方を直す」という話だけで終わらせず、どんな一日を過ごしていたのかも見る。自分との付き合い方には、そういう具体的な面もあるのだと思います。

変わったかどうか、はっきりわからないまま

以前、「自己肯定感が低いのは、もう性格だから変わらないんです」と話してくれた方がいました。自分を変えようと何かを始めても、長く続かず、疲れてしまうそうです。

その方には、寝る前に、今日できたことを一つ書き残してもらった時期がありました。数か月後、「自己肯定感が高くなったかは分かりません。でも、前より自分を責める時間が減った気がします」と話してくれました。

この話で印象に残るのは、本人が「高くなったかは分からない」と言っていたことです。何かがはっきり改善したと説明できなくても、自分との距離に、少し違う感触があったのでしょう。

もちろん、この書き方が誰にでも合うという話ではありません。さっき書いたように、「できたこと」を探すのが負担になる人もいます。同じ方法でも、その人や、その日の状態によって、受け取り方は違ってきます。

変わったかどうかを急いで決めるより、使ってみてどう感じたかを気にしていたい。続いた日数だけでは、わからないことがあります。

記録がない日にも、時間は過ぎている

ノートを読み返すと、何も書いていないページに目が止まることがあります。忙しかったのか。書く気になれなかったのか。それとも、ただ忘れていたのか。

空白だけでは、その理由はわかりません。でも、記録が残っていないことと、その日に何もなかったことは、同じではないのでしょう。

誰かと話して、食事をして、何かを考えていたかもしれない。思い出せない時間も、その人は過ごしている。書かなかった日まで、できなかった日の欄へ入れるのは、少し違う気がします。

自分との関係は、ノートを開いている時間だけでできているわけではない。書く日も、書かない日も含めて、生活は続いています。

今日のDrop

最近、自分をよくしようとして始めたことは、ありましたか。それに取り組んでいるとき、どんな気持ちになるでしょう。

手応えがある。少し疲れる。今はよくわからない。続いたかどうかとは別に、その感触にも目を向けてみたいと思います。

よくある質問

大人になってから、自分との付き合い方を変えられますか?

長く続いてきた反応は、すぐには変わらないこともあります。ただ、「昔からこうだから」という説明だけでは、今の環境や体調、日々の変化まではわかりません。この記事では、過去の理由を一つに決めるより、いま何が負担になっているかを見つめる視点を提案しています。

できたことを書くのが、かえって苦しくなります。

「できたこと」を探す書き方が、今の自分に合っているのかを考えるきっかけになりそうです。出来事を評価せずに残す、記録する項目を減らす、いったん書くのを休む。方法を続けることだけを目標にせず、使ったときの感触も手がかりになります。

どのくらい続けると、変化を感じられますか?

この記事では、変化までの期間や効果は約束していません。同じ習慣でも、支えになる人と、負担を感じる人がいます。日数や記録の量だけで判断するより、書いたあとにどんな気持ちが残るか、その方法が今の暮らしに合うかを、ときどき確かめることを考えています。

関連記事