自分の感情がわからないときに|モヤモヤを無理に整理せず、言葉に近づく方法

思考を整える

この記事でわかること

・出来事は説明できるのに、自分の感情がわからないときのこと
・ノートを開いても書けない日に試せる、小さな書き方
・本音を書くのが怖いとき、無理をしないための考え方
・感情を整理できなくても、「わからない」を記録として残す方法

一日が終わって、ようやく静かになった夜。

歯を磨いて、布団に入って、あとは眠るだけ。なのに、昼間のちょっとした出来事を思い出してしまうことがあります。

誰かに言われた一言。あのとき、うまく返せなかった自分。

別に大きな問題があったわけでもない。それなのに、何かが引っかかっている。

「何がそんなに嫌だったんだろう」

そう考えてみても、答えが出てこない。

怒っているのか、悲しいのか。それとも、ただ疲れているだけなのか。

自分の感情なのに、自分でもよくわからない。

私は、こういう名前のつかないモヤモヤが、少し気になっています。

私たちは、自分のことなら自分が一番よく知っていると思いがちです。でも、いざ「今、どんな気持ち?」と聞かれると、案外言葉が見つからないこともあります。

そんなとき、無理に答えを探さなくてもいいのではないでしょうか。

今日は、まだ説明できない気持ちと、どんなふうに付き合っていけるのかを考えてみたいと思います。

自分の感情がわからない。そんなときに考えたいこと

出来事は説明できるのに、気持ちは説明できない

たとえば、仕事で誰かに注意されたとします。

何があったのかは説明できます。どんなことを言われたのかも、だいたい覚えている。

でも、「それで、どう感じたの?」と聞かれると、少し困ってしまう。

腹が立った。

いや、悔しかったのかもしれない。

それとも、少し寂しかったのだろうか。

いくつかの言葉が浮かんでも、どれもしっくりこない。

もちろん、注意されたことと、その後の気持ちが直接つながっているとは限りません。

別の出来事が気になっているのかもしれないし、今はまだ何とも言えないのかもしれません。

「何があったか」と「何を感じているか」は、いつも同じようには説明できないものなのでしょう。

感情に、正しい名前をつけなくてもいい

感情を言葉にするとき、つい正確な表現を探したくなることがあります。

これは怒りなのか、悲しみなのか。

不安と寂しさは、どう違うのだろう。

もちろん、ぴったりくる言葉が見つかる日もあります。

でも、感情はいつも、ひとつの名前に収まるとは限りません。

「なんとなく嫌だった」

「何かが引っかかる」

「うまく説明できない」

そのくらい曖昧でも、今の感覚を表す言葉にはなります。

私は、感情を書き出すことを、自分の気持ちに正しい名前をつける作業にしなくてもいいと思っています。

昨日は怒りに近いと思っていたことが、今日は違って感じられるかもしれない。

だからこそ、今の言葉を、最終的な答えにしなくていい。

そう考えると、少し書きやすくなる気がします。

ノートを開いた途端、何も書けなくなる

自分の気持ちを知りたくて、ノートを開く。

ペンを持って、今日のことを思い返す。

ところが、何を書けばいいのかわからない。

しばらく考えて、ようやく「疲れた」と書いてみる。

それ以上、何も出てこない。

せっかく書こうと思ったのに、これだけ。

そんなふうに、物足りなく感じることもあるかもしれません。

少し不思議な話ですよね。

自分の気持ちを残そうとしていたはずなのに、いつの間にか、ちゃんと書けているかどうかを気にしてしまう。

文章としてまとまっているか。

何か気づきがあったか。

昨日より前向きになれたか。

ノートの上でも、どこかで採点されているような気分。

でも、そもそも自分の感情を記録するのに、採点は必要なのでしょうか。

「わからない」と書いて、終わってもいい

何も浮かばない日は、こう書いてみるのもひとつの方法です。

「今日は、自分の気持ちがよくわからない」

それだけです。

無理に続きを考えなくてもいいし、原因を探さなくてもいい。

書くことが何もなければ、空白のまま閉じてもかまいません。

「わからない」と書いたからといって、すぐに何かが見えてくるわけではありません。

それでも、その時点では言葉が見つからなかったということを、記録として残すことはできます。

気持ちがわからない日の、書き方の例

文章にしようとすると難しいときは、短い言葉を並べるだけでも構いません。

出来事だけを残す

今日、あの人に言われた一言が気になった。

どう感じたのかは、まだわからない。

浮かんだ言葉を、そのまま残す

モヤモヤする。

嫌だったのかな。

でも、怒りとは少し違う気がする。

何も説明できない日

今日は言葉が見つからない。

今は、ここまで。

これは、正しい書き方の見本ではありません。

もっと短くても、順番がばらばらでも大丈夫です。

書いた言葉同士がつながっていなくても、無理に理由をつける必要はありません。

出来事があって、そのあと気持ちが動いたとしても、何が何に影響したのかは、すぐに決められないこともあるでしょう。

自分の感情を記録することと、その原因を説明することは、別のこと。

そう考えておくと、書くことに求めるものも、少し変わるかもしれません。

本音を書くのが、少し怖いとき

書くことには、もうひとつ難しさがあります。

自分でも、あまり認めたくない気持ちが出てくること。

誰かをうらやましく思ったり。

親しい人に腹を立てたり。

本当は断りたかった、と気づいたり。

頭の中では曖昧だったものが、文字になることで、急にはっきり見えてしまうことがあります。

「こんなことを思っていたんだ」

そう戸惑う日もあるかもしれません。

だからといって、すべてを書かなければいけないわけではありません。

今は触れたくないことなら、書かずにおいてもいい。

「ここから先は、まだ書きたくない」

そんな一文で終わらせることもできます。

誰かに読まれることが気になるなら

本音を書くのが怖い理由には、記録の扱いに対する不安もあるでしょう。

紙のノートなら、どこに置いておくか。

スマホなら、どこに保存するか。

自分以外の人が読める状態になっていないか。

安心して書ける場所は、人によって違います。

書いたものを残しておきたい人もいれば、あとから読まないようにしたい人もいるでしょう。

紙に書くか、スマートフォンに残すか。どこに保管し、いつ読み返すか。自分が納得できる記録方法を選べます。

私は、書く内容を充実させることよりも、まず、自分が納得できる距離で記録と付き合えることを大切にしたいと思います。

書いても、必ずすっきりするわけではない

感情を書き出すと、気持ちが少し整理されたように感じることがあります。

頭の中で繰り返していた言葉が、ノートの上に並ぶ。

それを眺めて、少し距離を置けたように感じる。

そんな日もあるでしょう。

でも、いつもそうなるわけではありません。

嫌だったことを思い出して、余計に気分が沈む日もあります。

書いているうちに疲れてしまうこともあります。

何ページ書いても、何ひとつ整理できないことだってあるかもしれません。

それを、失敗だとは考えたくありません。

書くことは、必ず気持ちを軽くする方法でも、感情を理解するための試験でもないからです。

書くのがつらい日は、閉じておく

書いていて苦しくなったら、途中でやめても構いません。

続きを書く必要も、毎日続ける必要もありません。

数日、何も書かない。

しばらくノートを開かない。

そういう付き合い方も、自然だと思います。

そして、つらさが強いときや、生活に支障が出ているときには、記録だけで何とかしようとせず、医療機関や心理・相談の専門家に話すことも選択肢のひとつです。

相談するために、自分の感情をきれいに説明できる必要はありません。

どこに相談してよいかわからない場合は、厚生労働省の「まもろうよ こころ」で、電話やSNSなどの相談先を探すこともできます。

厚生労働省「まもろうよ こころ」相談窓口

自分の気持ちと向き合う方法は、書くことだけではありません。

「わからない」を残して、時間を置いてみる

少し前に書いたノートを、ふと読み返すことがあります。

そこに、こんな一文が残っていたとします。

「今日は何かが嫌だった。でも、何が嫌だったのかわからない」

書いたときには、それ以上の言葉が見つからなかった。

時間が経ってから見ても、やっぱりわからないかもしれません。

あるいは、今なら違う言葉を選ぶかもしれない。

「あのときは、そう感じていたんだな」

そんなふうに、過去の自分の言葉を、少し離れたところから眺められることもあるでしょう。

ただ、あとから読み返したからといって、当時の気持ちが正確にわかるとは限りません。

記憶も、その日の受け止め方も、時間とともに変わることがあります。

だから、今の解釈で過去の気持ちを決めつける必要もないと思うのです。

あのときは、わからなかった。

今も、わからない。

あるいは、今は少し違って見える。

そのどれであってもいい。

記録には、答えを見つけるためだけではなく、その時点の自分が残した言葉を、時間を隔てて見返せるという側面もあります。

もちろん、読み返したくない記録なら、そのままにしておいても構いません。

よくある質問

自分の感情がわからないのは、おかしいことですか?

自分の気持ちをうまく説明できないことだけで、おかしいと決める必要はありません。

どんな言葉が近いのか、まだわからないこともあるでしょう。

ただし、感情がわからない状態が長く続いて苦しい場合や、日常生活に支障がある場合には、専門家に相談してみることも大切な選択肢です。

自分の感情を言葉にするには、何を書けばいいですか?

最初から感情の名前を書かなくても構いません。

「今日、気になったこと」「今、頭に残っている言葉」「うまく説明できないこと」など、書けるところだけを残してみる方法があります。

「わからない」という一言も、その日の記録になります。

書いた記録は、必ず読み返したほうがいいですか?

必ずしも読み返す必要はありません。

時間を置いて見返したい日もあれば、今は触れたくない日もあるでしょう。

読み返すかどうか、いつ読み返すかは、自分で選べます。

まとめ|自分の感情がわからないままでも、残せる言葉がある

自分の気持ちを知ろうとすると、つい答えを急いでしまいます。

なぜ嫌だったのか。

本当は何を望んでいるのか。

このモヤモヤの正体は何なのか。

でも、いつでも答えが出るとは限りません。

言葉にできる日もあれば、何も見つからない日もある。

昨日と今日で、気持ちの捉え方が変わることもあるでしょう。

私は、そうした曖昧さを、無理にひとつの答えへまとめなくてもいいと思っています。

「今日はよくわからなかった」

その言葉が、今の自分にいちばん近い日もあるのだから。

今日のDrop

今日、少しだけ心に引っかかったことはありましたか。

誰かの言葉でも、日常の小さな出来事でも、理由のわからない疲れでも。

もし、一言だけ残すとしたら。

「なんとなく嫌だった」

「ちょっと寂しかった」

「うまく言えない」

どんな言葉が浮かぶでしょう。

何も浮かばなければ、「今日はわからない」でも。

今は書かずにおく、という選択もあります。

答えを見つけるためではなく、今の自分が言葉にできるところまで。

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